東京高等裁判所 昭和35年(ネ)1973号 判決 1966年11月25日
控訴人(被附帯控訴人) 甲
右訴訟代理人弁護士 中島忠三郎
高桑瀞
繩稚登
被控訴人(附帯控訴人) 乙
右訴訟代理人弁護士 横山親造
主文
本件控訴並びに附帯控訴はいずれもこれを棄却する。
当審における訴訟費用中控訴に関する分は控訴人(被附帯控訴人)の負担とし、附帯控訴に関する分は被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。
事実
≪省略≫
理由
一、控訴人が訴外升本合名会社から賃借した原判決添付目録第一記載の土地上に所有していた建物が昭和二十年春頃戦災で焼失したので、その後控訴人名義で建築許可を受け、右地上に同目録第二記載の建物(本件建物部分)が建築されたこと、及び右建物部分のうち八帖一間は控訴人において、同八帖の間を除くその余の部分を被控訴人において夫々占有していること並びに本件建物部分につき被控訴人主張の如く控訴人所有名義の登記が経由されていることは、当事者間に争いがない。
二、まず控訴人の本訴請求について判断する。
≪証拠省略≫を綜合すると、
被控訴人は十三、四才の頃より雇主の大工の頭領に連れられ、宗教団体(神道)の教師をしている控訴人の下に出入していた関係で両者は極めて懇意な間柄であったところ、昭和二十年五月頃文京区○○町○○番地の○にあった控訴人の住家(ここで煙草小売商を営んでいた)が戦災で焼失したので控訴人はやむなく九州の田舎へ疎開したが、同年八月終戦となるや右焼失跡に住家を建て再び煙草小売商を営もうと考え、同年十月頃東京都○○○郡○○村に居住し大工をしていた被控訴人を訪ね焼残った倉庫を住宅に改造してくれるよう頼んだところ、被控訴人は倉庫を改造するよりも自分の方に古材もあることだからこれをも使用して家屋を新築した方か得策である旨を説いたので控訴人はその気になり被控訴人に設計、見積を依頼した。そこで被控訴人は同二十一年二月頃将来同人においても居住する考えで本件建物部分及び玄関部分六坪の建築を予定して概算四万八千百六十六円の新築見積書を作成し控訴人に提示したところ、控訴人もこれを了承し前叙のとおり控訴人名義で建築許可を受けた上同年七月初め頃被控訴人において建築に着手した。然し右建物の着工にあたっては両者間で請負契約が締結されたわけではなく、また、建築費の負担等についても特段の話合いがなされたものではなかった。同月七日上棟式が行なわれたがこの際建築等にあたる大工等に対し控訴人から酒と煙草、被控訴人から肴が出された。ところで被控訴人が手持分と他より買入れた古材等を用いて始めた建築は、土台、柱を築造し、屋根を葺いた段階で中止状態となったので、同年秋頃控訴人は工事の促進方を被控訴人に申入れ、その頃費用の一部として金五千円を被控訴人に交付した。そこで被控訴人は荒壁用の土を前記○○村から搬入して荒壁を塗ったのであるが未だ玄関部分の建築及び天井、鴨居、敷居、戸廻り等の造作を終えないうちに、控訴人は煙草小売の権利を喪失する危険のあることを理由に本件建物部分に入居し、間もなく九州から呼寄せた内妻A及びその娘夫婦を同居せしめるに至り、被控訴人に対しては引続き工事方を依頼した。それで被控訴人は同二十二年八月頃訴外大工川嶋善太郎をして敷居、鴨居、天井、戸廻り、雨戸、ガラス戸等を造作、設置せしめ本件建物部分を完成したのであるが、被控訴人において用意した一部の資材を除くその余の分及び大工の手間賃等約五千七百円は控訴人において負担支払った。その後同二十三年十二月頃被控訴人の子が学令期に達し東京の学校へ入学することを望んでいる旨聞き及んだ控訴人は、被控訴人に対し本件建物部分に入居するようすすめたので、被控訴人は間もなく家族を伴って本件建物中六帖の間に入居し台所等は控訴人等と共同して使用することとなった。そして同二十五年五月頃被控訴人は控訴人の要求により手持の資材を用いて当初玄関を造るべく予定した個所に平家建店舗六坪を増築した。本件建物部分を建築する頃の控訴人と被控訴人は、以前よりの懇意な間柄に加え、同二十年三月被控訴人の二女が誕生した際控訴人は同女にB子という名をつけ将来は身寄りのない控訴人の養女にしたいと申入れ、被控訴人もこれを諒とし、双方とも近い将来両名が同一の屋根の下で一家族同様の生活を営むようになるものと予想し、これを希望していたのであり、以上の如き関係は被控訴人が本件建物部分に入居して控訴人の内妻と感情的な対立を生ずるようになるまで続いていた。
あらまし以上の事実を認定することができる。≪証拠認否省略≫
以上の事実によると、本件建物部分は、極めて懇意の間柄にあった控訴人と被控訴人が共同の住居とする目的で相互に協力し金員、労務を提供し合って建築したものであって、建物の完成とともに控訴人及び被控訴人の共有に属すべきこととなったものと認めることができる。
もっとも≪証拠省略≫によると、控訴人は昭和二十七年四月三十日本件建物部分につき被控訴人名義に所有権移転登記をするつもりで誤って前記焼失にかかる元控訴人所有建物に右移転登記を経由したこと並びに同年九月五日大塚警察署長宛に本件建物部分が被控訴人の所有である旨を認める書面(乙一号証)を差出したことの事実が認められるけれども、≪証拠省略≫をあわせ判断すると、被控訴人が本件建物部分に入居後同人家族と控訴人の内妻Aとの間に不和が生じ日増しに感情の対立が深刻化していくことについて、控訴人は内妻に対する夫としての立場(内縁関係の生ずる前控訴人がAに対し本件建物は自己所有の唯一の不動産であると語り聞かせていたことは前掲Aの証言によって認められる)と被控訴人の旧来の好宜に対する義理との間に挾まれて苦境に立ち、内妻に対しては本件建物部分が自分の所有であることを強調してやまない反面、被控訴人の強い要求に対しては同人の所有である旨を認めるという複雑な心理状態に自乗的な気持も加わって心ならずも右の如き行為をとったものであり、控訴人においてそれが真意に基き被控訴人の単独所有権を承認したものとはたやすく認め難いところであるから、右事実を以っては本件建物部分が控訴人及び被控訴人の共有に属するとする前段認定の事実を左右するに足らない。
してみると、被控訴人はその共有持分権により本件建物部分の全部を占有し得るものであるから、両者の持分権の割合如何に拘らず控訴人は被控訴人に対し本件建物部分の明渡を請求することはできない。
よって控訴人の本訴請求は共有持分権の割合につき審究するまでもなく失当として棄却を免がれない。
三、次ぎに被控訴人の反訴請求について判断する。
本件建物部分が建築完成と同時に控訴人と被控訴人の共有に属すべきものとなったことは前記二、において判断したとおりである。
然るところ被控訴人は昭和二十七年三月九日控訴人との間で「控訴人は本件建物部分が被控訴人の所有であることを認め、昭和二十七年五月末迄に右建物より退去する」旨の契約が成立したと主張し、≪証拠省略≫には右主張に副う部分がある。然し前記二、で認定したように乙第一号証の記載内容は控訴人においてその真意を表示したものとは認め難く、従って控訴人が右書面により本件建物部分を被控訴人の所有であると認めた行為は心裡留保というべきところ、右≪証拠省略≫を綜合すれば、控訴人が真意により被控訴人の所有であることを認めるものでないことは被控訴人においてこれを了知し得べかりしものであったと認めることができるから、控訴人の右意思表示は無効というべきである。
よって被控訴人の前叙の主張は理由がなく、本件建物部分は建築当初より同じく当事者両名の共有に属するものということができる。
そこで共有持分権の割合について審究する。
本件建物の建築にあたり被控訴人が建築費用を四万八千百六十六円と見積ったことは前記二、において認定したとおりであるが、右見積は材料を古材としてのものか或は新材を使用することとしてのものか証拠上明らかでなく、また、右見積には本件建物部分以外に八帖の玄関部分の建築をも含んでいることは前叙のとおりであるから、右見積費用をそのまま本件建物部分の建築に要した費用とみることはできないが、さればといって控訴人の主張するように同人の出捐した金員のみによっては本件建物部分を建築し得ないことも前記二、において認定の事実及び≪証拠省略≫に照らして明らかなところであり(当時と現在との物価指数の比較のみによって云々することのできないことは右各証拠の記載よりして自ずと明らかである)、且つ亦、労務の提供を主とする被控訴人の負担額を明らかになし得る的確な証拠もないから、結局本件建物部分に対する双方の出捐の割合は確定できず、持分の割合につき特約をなした事実も認められない本件では両者の持分は相均しきもの即ち各々二分の一の持分権を有するものと推定さるべきである。
以上によれば被控訴人の反訴請求中所有権確認の請求は被控訴人が二分の一の持分権を有することの確認を求める限度において正当として容認すべきも爾余の請求については失当としてこれを棄却すべく(共有持分権の確認請求は特に単独所有権以外の所有権確認を求めない意思でない限り単独所有権確認請求のうちに包含されるものであって、前者は後者のいわゆる予備的請求とはならないから、特に単独所有権確認請求を棄却し、共有持分権確認請求の一部を認容する旨の主文を掲げない)、本件建物部分の明渡請求については控訴人の同請求に対する判断において説示したところと同一理由によりこれを棄却すべきも、控訴人単独名義の所有権保存登記抹消の請求は、その登記が控訴人の二分の一の持分権を表示する限度においては正当であると云えるので、本来は単独名義を共有名義に更正する更正登記手続請求の方法によらしむべきものではあるが、単独名義の登記を抹消したため第三者に対する対抗要件を欠き不利益を被る虞れのない本件の如き場合(本件は所有権保存登記であり、≪証拠省略≫によれば他に権利の設定等の登記がなされていないことが認められる)においては、控訴人単独名義の所有権保存登記の抹消請求はこれを認容してさしつかえないものと解するのが相当である。
よって右と趣旨を同じくする原判決は相当であるから民事訴訟法第三百八十四条により本件控訴並びに附帯控訴はいずれもこれを棄却し(なお控訴人の再反訴は取下げにより当裁判所の判断外となった)、当審における訴訟費用の負担につき同法第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 毛利野富治郎 裁判官 加藤隆司 安国種彦)